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名古屋高等裁判所 平成6年(ネ)522号 判決

第五二二号事件控訴人・第五一八号事件被控訴人 浅井正

第五二二号事件被控訴人・第五一八号事件控訴人 国

代理人 加藤裕 石原金美

第五二二号事件被控訴人 柳俊夫 ほか一名

主文

一  一審原告の控訴を棄却する。

二  一審被告国の控訴に基づき、

1  原判決中、一審被告国の敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の一審被告国に対する請求を棄却する。

三  訴訟の総費用は、全部一審原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  一審原告

1  原判決を次のとおり変更する。

(一) 一審被告国及び一審被告愛知県は、一審原告に対し、連帯して、金二五万円及びこれに対する昭和六一年一〇月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 一審被告柳俊夫及び一審被告野見山太郎は、一審原告に対し、連帯して、金一〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審被告国の控訴を棄却する。

3  訴訟の総費用は第一、二審とも一審被告らの負担とする。

との判決を求めた。

二  一審被告国

主文と同旨の判決を求めた。

三  一審被告柳俊夫、同愛知県、同野見山太郎

一審原告の控訴につき、控訴棄却の判決を求めた。

第二事案の概要

一審原告は名古屋弁護士会に所属する弁護士であり、昭和六一年一〇月当時、被疑者山田昌基こと張昌基(以下「山田」という。)に対する、株式会社ノリタケカンパニーリミテドの総会屋対策に絡んで、株主の権利行使に関して財産上の利益を受けたという商法四九七条二項違反の容疑による被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)につき、山田の弁護人であった。一方、一審被告国は、一審被告柳俊夫(以下「一審被告柳」又は「柳検事」という。)を名古屋地方検察庁検事として使用し、一審被告柳は同庁検事として、本件被疑事件の捜査に当たっており、一審被告愛知県(以下「県」という。)は、一審被告野見山太郎(以下「一審被告野見山」又は「野見山警部」という。)を愛知県熱田警察署(以下「熱田署」という。)刑事課長警部として使用し、一審被告野見山は同署所属の警部として、本件被疑事件の捜査に当たっていた。

本件は、一審原告が、〈1〉柳検事及び熱田署の刑事課捜査第二係巡査部長児玉一幸(以下「児玉巡査部長」という。)による接見拒否(遅延)、〈2〉柳検事及び熱田署の留置管理係長有島勝徳警部補(以下「有島係長」という。)による接見中止により損害を受けたとして、一審被告国及び同県に対し、国家賠償法一条一項、四条、民法七一九条一項前段に基づく損害賠償請求権に基づき、連帯して、二五万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年一〇月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、〈3〉柳検事及び野見山警部による接見指定書の受領及び持参要求という職務権限外の行為により損害を受けたとして、一審被告柳及び同野見山に対し、民法七〇九条、七一九条一項前段(又は二項)による損害賠償請求権に基づき、連帯して、二五万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年一〇月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求めた事案である。

原判決は、〈2〉につき、一審被告国に対し、三万円及びこれに対する昭和六一年一〇月七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、〈2〉のその余の請求及び〈1〉、〈3〉の請求をいずれも棄却したところ、一審原告は、その敗訴部分につき控訴した上、〈2〉の一審被告県に対する請求につき請求原因を追加し、他方、一審被告国は、その敗訴部分につき控訴した。

当事者双方の主張は、以下のとおり当審における主張を付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  一審原告の主張

1  刑訴法三九条三項の違憲性及び解釈について

(一) 憲法三四条の「弁護人に依頼する権利」とは、単に弁護人を選任することができる権利ということではなく、弁護人による実質的な援助を受ける権利である。したがって、弁護人が被疑者と立会人なしに面会する権利、いわゆる接見交通権は、憲法三四条の保障の中に当然内包されるものと解される。また、身柄を拘束された被疑者の弁護人の役割は、黙秘権を初めとする被疑者の諸権利の保障を実質的に確保し、捜査官の違法行為を防止し、被疑者の防御権に実体を与えることにある。この目的に奉仕する弁護人の諸活動は、捜査官の捜査活動を制約するものとして憲法上保障されている。弁護権は国家が個人を刑事訴追するに際して遵守しなければならない憲法上の制約なのであり、接見交通権は、憲法が保障する被拘束者の弁護権の内容のうち、最も初歩的かつ基本的なものである。この弁護権を「捜査の必要」によって制限することを認めるのは明らかな論理矛盾である。

さらに、憲法三八条一項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」と定めている。この権利(黙秘権あるいは自己負罪拒否の特権)は、個人の人格に由来する権利であり、個人に対して国家権力が及ぶ範囲を画する原則である。この法理の当然の帰結として、被疑者には、捜査官の出頭要請に応じる義務もないし、取調室に滞在する義務もないし、捜査官の行う実況見分や検証に立ち会う義務もない。したがって、取調べや実況見分への立会いを理由として、被疑者と弁護人の接見交通を制限することが許されないことはあまりにも当然である。

以上のとおり、弁護人と被疑者との接見交通権を「捜査の必要」によって捜査官自身が制限することを認める刑訴法三九条三項の規定は、身柄拘束を受けた被疑者の弁護人依頼権を保障する憲法三四条、三七条三項、三八条一項に違反するというべきである。

(二)(1) 日本国が批准している「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(いわゆる国際人権規約B規約、以下「B規約」という。)一四条三項は、次のように定めて、被疑者に弁護人との間の自由な接見交通権を保障している。

「すべての者は、その刑事上の罪の決定について、十分平等に、少なくとも次の保障を受ける権利を有する。

b 防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ、並びに自ら選任する弁護人と連絡すること。

c 不当に遅延することなく裁判を受けること。

d 自ら出席して裁判を受け、及び直接に又は自ら選任する弁護人を通じて防御すること。弁護人がいない場合には、弁護人を持つ権利を告げられること。(a、e、f、gは省略)」

(2) 被拘禁者処遇最低基準規則は、一九九五年五月三〇日、犯罪予防及び犯罪者処遇に関する第一回国連会議において採択された決議であり、主として受刑者の処遇を規定するものであるが、未決被拘禁者の接見についても同規則九三条は次のように定めている。

「未決拘禁者は、自己の弁護のため、無料の法律扶助が可能なところではこれを求め、自己の弁護を目的として弁護人の訪問を受け、かつ、秘密の指示文書を準備して、これを弁護人に手渡せなければならない。この目的のため、未決被拘禁者の希望があれば、必要な筆記用具が与えられなければならない。未決被拘禁者と弁護人との接見は、警察官または施設職員の監視下とすることができるが、談話の聴取が可能であってはならない。」

同規則の法的性格は、条約でないので法的拘束力を持つものではないが、国際的な最低基準として条約を実質的に補足したり、解釈の基準となることによって国際慣習法として機能するものである。

(3) 「あらゆる形態の拘禁・収監下にある全ての人の保護のための原則」(一般に、「国連被拘禁者保護原則」と呼称される。)は、一九八八年一二月九日、第四三回国連総会において採択された国連決議であり、捜査機関に対する司法のコントロール、自白を強要するための拘禁状態の不当な利用の禁止、被疑者・被告人と弁護人との秘密交通権の保障、起訴の前後を問わない国選弁護人の保障や保釈の制度的保障などを、今日の国際水準として示すものである。同原則一八条は、弁護人との接見交通につき、次のとおり定めている。

「〈1〉 拘禁又は収監された者は自己の弁護士と交通し、相談する権利を有する。

〈2〉 拘禁又は収監された者は、自己の弁護士と相談するため十分な時間と便益を与えられなければならない。

〈3〉 拘禁又は収監された者が、遅滞なく、また検閲されることなく完全に秘密を保障されて自己の弁護士の訪問を受け、弁護士と相談し、交通する権利は、法律又は法律に基づく規則により特定された例外的な場合において司法官若しくはその他の官憲により安全と秩序を維持するため不可欠であると判断されたとき以外には、停止されたり、制限されてはならない。

〈4〉 拘禁又は収監された者とその弁護士との接見は、法執行官によって監視されてもよいが、聞かれてはならない。(〈5〉は省略)」

同規則も条約ではないので法的拘束力を持つものではないが、同原則の一般条項が「本原則については、国際人権規約上の権利を制限又は侵害するように解釈されてはならない。」と述べて、国際人権規約上の権利を具体的かつ発展的に解釈する際の基準となるべきことを予定し、かつ、同原則前文において「国連総会は、この原則が広く知られ尊重されるようあらゆる努力がなされることを求める。」と述べて、同原則が国際的な基準として国際人権条約や国内法を実質的に補完することを期待しているので、B規約の解釈基準としての機能が予定されていることは明らかである。

(4) 右国連被拘束者保護原則一八条三項の解釈としては、同原則の用語の定義例に従い、「その身分及び地位が、権限、中立公平性、独立性についての最強の保障を法によって与えられている司法官その他の官憲」が、被拘禁者の抑留されている場所の安全と秩序との維持に不可欠な場合に限ってのみ、被拘禁者と弁護人の接見交通を制限することができるにすぎないとされているものである。

したがって、刑訴法三九条三項は、警察官・検察官に接見交通の制約権限を認めている点において、また、接見制限の根拠を捜査の必要性に求めている点において、国連被拘禁者保護原則一八条三項に違反しており、ひいてはB規約一四条三項に違反するというべきである。

よって、刑訴法三九条三項の規定及びこれに基づく一般指定制度の運用は、国際人権法とりわけB規約一四条三項に違反する結果、裁判所は、条約の直接効により、刑訴法三九条三項を適用することができないものである。

(三) 原判決は、最高裁平成三年五月一〇日判決(民集四五巻五号九一九頁)と同様に、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の解釈に関して、現に被疑者を取調中であるとか間近い時に取調べをする確実な予定があって弁護人等の必要とする接見を認めたのでは右取調べが予定通り開始できなくなるおそれがある場合には、捜査の中断による支障が顕著な場合であるとして、直ちに接見を認めることなく、弁護人等と協議の上右取調べの終了予定後における接見の日時を指定することができるとして、弁護人の自由な接見交通権より、捜査のための取調べや取調予定が優先することを宣明している。

しかしながら、そもそも、身体拘束中の被疑者は取調受忍義務を負うものではなく、したがって、取調べや取調予定と弁護人等からの接見の申出が競合した場合には、被疑者がいずれに応じるかについての選択の自由を有するというべきであるから、取調べの実施や取調予定が接見指定の要件としての「捜査のための必要」に当たることなどあり得ない。また、弁護人等の被疑者に対する接見は、取調中であるからこそ、あるいは取調予定があるからこそ必要となるものであって、実務の慣行としても、多くの場合取調中であっても取調べを中断して接見を認めているのが実情であるし、本件においても、柳検事は、山田に対する取調予定があり、取調べが行われていることが予想される午後一時から三時までの間の二〇分間を接見指定しようとしていたのである。原判決のように取調べや取調予定を接見指定の要件とすることは実務の慣行からも著しく乖離し、極めて不当である。

2  柳検事及び児玉巡査部長による接見拒否(遅延)について

原判決は、当時、事件が送検された後の接見指定の権限は担当検察官にあるものとして捜査実務が運用されていたことを重視し、昭和六一年一〇月七日午前一一時五〇分ころ一審原告が児玉巡査部長に対し即時接見の申出をしたにもかかわらず、児玉巡査部長や柳検事が直ちに接見を認めなかった措置について、弁護権を侵害する違法なものとはいえないと判示している。

しかしながら、事件が送検された後の接見指定の権限は担当検察官にあるとの当時の捜査実務を是認する原判決の右判断は、憲法三四条及びB規約一四条三項bの定める規範、刑訴法三九条三項の明文をも無視し、法律上なんら根拠のない捜査実務の運用のみを重視するものであってきわめて不当である。なぜなら、刑訴法三九条三項は明文で、検察官のほか、検察事務官、司法警察員に並列的に接見指定権を与えている。そもそも、接見指定権は本来裁判官にあるところ、右条項により捜査機関に接見指定権が与えられたのは、迅速な接見確保という政策的目的から、現に被疑者の身柄に最も近い捜査機関にその判断を任せたと説明するほかないものである。

本件において、一審原告が即時接見の申出をした際には、山田は熱田署の警察官の取調べを受けていたのであるから、接見指定をするとすれば、現に被疑者を取り調べている現場の警察官がこれを行うことが、迅速な接見確保の目的から最も相応しい。そして、児玉巡査部長は、一審原告の接見自体はかまわないと考え、かつ、同日正午からは昼休みのため山田は留置場に戻っていたのであるから、正午過ぎには接見指定の要件は存せず、捜査当局は遅くとも正午から直ちに一審原告の接見を認めるべきであったのである。

それにもかかわらず、誤った捜査実務の運用に従い、被疑者の身柄を利用しておらず、取調状況等について何ら把握していない検事の判断を求めて、無用な連絡時間を空費したばかりか、既に熱田署に赴いている一審原告に対して、具体的指定書を検察庁に取りに来させるべく主張するなどして不必要な電話交渉を余儀なくさせたもので、接見の実現を遅延させた児玉巡査部長の措置にも、柳検事の措置にも、故意若しくは重過失により違法行為が存在したというべきである。

3  柳検事及び有島係長による接見中止について

原判決の判断は、柳検事による接見中止行為が違法かつ有責であるとして、一審被告国に対して損害賠償責任を認めた点で正当であるが、〈1〉刑訴法三九条三項の解釈について取調べ優先論に立脚していること(前記1(三)のとおり)、〈2〉慰謝料額を非常識なまでに低額としたこと、〈3〉一審被告県に対する請求を認めなかったこと、以上の三点において極めて不当である。

すなわち、原判決は、慰謝料額として三万円が相当と判示しているが、弁護人等の接見交通権が憲法の保障に由来するものであり、身体を拘束された被疑者にとって弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人にとってはその固有権の最も重要なものの一つであることに鑑みれば、右慰謝料額は低廉にすぎ、著しく正義に反するものである。違法な接見中止行為による精神的な苦痛に対する慰謝料としては、近時の同種案件との比較からしても少なくとも二〇万円が相当である。

また、原判決は、一審原告の接見を中止させた有島係長の行為を違法としながら、有責とは認められないと判示している。しかしながら、有島係長は、当時熱田署の留置管理係長として被疑者の留置及び留置場の管理の職務を行っていたもので、被疑者に対する弁護人等の接見交通ができるだけ円滑に実現できるよう配慮すべき立場にあったにもかかわらず、真実は、自らが一審原告に「先生、会って行かれますか。」と声をかけたことにより一審原告が接見を開始したものであるのに、野見山警部からの事情聴取に対し、自己に対する処分を恐れ、一審原告が「接見します。」と言って接見室に入ったので検察官から指定があったものと思い接見させたとの虚偽の報告をしたのである。本件の接見中止は、有島係長のこの虚偽報告に起因するものである。そして、有島係長としては、右のような虚偽の報告をすれば、既に開始されていた一審原告の接見がその目的を十全に達することなく途中で中止させられることを知り、又は知り得べきであったものであるから、有島係長が柳検事の指示を受け接見を中止させた行為は、それに至る経過を含めて全体として違法かつ有責というべきである(請求原因の追加)。

4  柳検事及び野見山警部の接見指定書の受領及び持参要求について

原判決は、接見指定の方式については、刑事訴訟法三九条三項が特に規定していないことから、捜査機関の合理的裁量に委ねられているものとし、柳検事が一審原告に接見指定書の受領及び持参に協力するよう伝えるよう指示し、これに従って野見山警部が一審原告に対し右協力を要請したことは違法な行為ではないと判示している。

しかしながら、接見指定の方式については、従前は一般的指定書と具体的指定書の組合せによる運用がなされており、これは実質的には一般指定書により接見を禁止し具体的指定書によって右禁止を解除するもので、本来自由であるべき接見につき原則と例外を逆転させる違憲違法なものであったというべきである。そして、柳検事及び野見山警部が一審原告に対し「今後は必ず具体的な指定書を持参するように」要求した行為は、右の違憲違法な接見指定方式を強要しようとするものであったというべきであるから、一審被告柳及び同野見山は共同不法行為の責任を免れない。

5  一審被告国の主張に対する反論

一審被告国の主張はいずれも争う。

(一) 柳検事の違法性を判断するについて、柳検事の主観的認識を基礎とすべきであるとの一審被告国の主張は失当である。

のみならず、柳検事の主観的認識を基礎としても、一審原告が接見を開始した当時、熱田署では、午後から取調予定があるとはいえ、接見自体は差し支えないとの意向を示し、柳検事も、午後一時以降の時間の接見指定をしようと判断していたにすぎず、一審原告が指定書による接見指定に応じなければ口頭指定も考慮していたものであり、その場合には、午後一時までの間に接見させることには格別の支障はなく、直ちに接見させる意向であったのであるから、以上の状況において、一審原告が「接見します。」と言って留置管理担当者の誤信を誘い、接見室に入った事実が判明したとしても、それが、柳検事において、その場で確定的に一審原告の接見を中止させる根拠とはなり得ないもので、柳検事としては、一審原告と接見協議を尽くすべきであったのである。

また、柳検事の行為の違法性の判断に当たっては、柳検事が当時認識していた事実のみでなく、認識し得た事実をも考慮すべきことは、一審被告国も認めるところであるが、柳検事は、一審原告が留置管理担当者の過誤により接見が開始された事実を容易に知り得たというべきであるから、結局、確定的に一審原告の接見を中止させた柳検事の行為は違法である。

なお、一審被告国は、一審原告の接見が違法であったので柳検事がこれを中止させたものと主張するが、柳検事が一審原告の接見を中止した真の理由は、一審原告が接見指定書を持参しなかったものであるからにすぎない。したがって、柳検事が一審原告の接見を違法と認識していたか否かは、一審被告らの法的責任の有無との関係で何ら問題とならないというべきである。

(二) 一審被告国は、有島係長にまで事実確認をするべき義務はないし、仮にそうしたとしても事実関係は判明しなかったはずであるから因果関係はないと主張する。

しかしながら、柳検事が接見中止の判断をしたのは、検事の接見指定権を侵害されたと判断したからであるから、そのためには、捜査主任官ではなく、留置管理担当者にこそ事実確認をすべきである。また、仮に柳検事が有島係長に事実確認をしたとすれば、有島係長が真実を告白するか否かは別として、事実関係の不自然さには気づいたはずであるし、柳検事が接見を中止することも検討していることを知れば、有島係長も事の重大さに気づき真実を告白した可能性は大きいというべきである。

また、柳検事が一審原告に事実関係を確認しなかった点にも過失があるというべきである。すなわち、柳検事が接見中止の判断をしたのは、自己の接見指定権を侵害されたと判断したからである。そうだとすれば、接見交通権という権利を刑訴法三九条三項以外の超法規的理由で自力救済的に制限するものであるから、その判断は慎重でなければならず、一審原告に事実関係を確認するなど弁明の機会を与えるべきことは当然である。

さらに、野見山警部の報告内容は、一審原告が留置管理係を騙して接見を開始したというものであるところ、一審原告がそのようなことをすれば、柳検事との信頼関係は破壊され、その後の被疑者との接見交通において妨害を受けることは容易に推測できるし、被疑者である山田を事実上自首させた一審原告が担当検察官の心証を悪くするような行為にでるはずもないのであるから、報告のような事態があり得ないことを柳検事は容易に知り得たはずである。したがって、柳検事は右報告を不審に思うべきであり、少なくとも接見中止により不利益を被る一審原告に事実確認をすべきであったのである。

しかるに、柳検事は、右弁明の機会を与えず、不十分な事実確認のみで安易に事実を断定し、その誤った断定に基づいて、一審原告の接見交通権を制限したのであるから、柳検事の行為は重過失に基づくものというべきである。

(三) 接見中止後の口頭による接見指定の要否について、原判決には、一審被告国の指摘する判示はあるが、原判決は、柳検事が接見中の一審原告と協議もせずに確定的に接見を中止した行為が違法であるとしているもので、柳検事の行為の違法性や過失の有無に対する判断とは直接関係がない。

(四) 一審被告国は、本件接見は、短時間のうちに中止を求められる可能性のある接見であり、本件接見の継続を法的に保護すべき事情は全くなかった旨主張する。

しかしながら、短時間のうちに中止を求められる可能性のある接見であるからといって、それが法的な保護に値しない違法な接見であるとはいえない。本件接見は、当時において短時間のうちに中止を求められる可能性のある接見ではあったが、それは当時の違法な検察事務に基づけばそうなるというにすぎず、一審原告の接見行為自体は何ら違法なものではなかったのであるから、一審被告国の主張は失当である。

(五) 一審被告国は、一審原告に対する接見中止行為は接見時間の指定であり違法でないと主張する。

しかしながら、接見時間の指定は弁護人との協議の上で指定すべきものであることは、刑訴法三九条三項ただし書の趣旨からも明らかである。したがって、柳検事が一審原告の意見を聞かずに確定的に接見を中止させた行為は、接見時間の指定とみなすことはできず、仮に接見時間の指定としても違法というほかない。

二  一審被告国の主張

1  柳検事による接見中止の違法性について

原判決は、柳検事が捜査主任官である野見山警部に対し、一審原告と山田との接見を中止させるよう求めた行為の違法性を判断するに当たり、柳検事が行為当時、一審原告が自ら「接見します。」と言って接見室に入ったものと認識していたことを顧慮せず、事後的に原審の証拠調べの結果判明した事実である、有島係長の方から「先生、会って行かれますか。」と一審原告に接見を勧めたことにより接見が開始されたという事実のみを基礎として、柳検事の行為の違法性を肯定している。

しかしながら、このような判断は、国家賠償法一条一項における違法性につき解釈を誤ったものである。すなわち、右にいう違法性とは、「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背」することと解すべきであり、このように解するときは、違法性判断の基礎となる事実関係は、事後的に判明した客観的事実ではなく、当該公務員が行為当時認識し又は認識し得た事情であるというべきである。なぜなら、当該公務員が、行為当時に法的義務発生の基礎となる客観的事実を認識し得ないときは、その果たすべき法的義務そのものもまた認識し得ないのであり、そのような場合には義務違反を観念し得ないからである。

本件においては、柳検事は、野見山警部の報告により、一審原告が自ら「接見します。」と言い、あたかも既に柳検事との間で接見に関する協議が調っているかのように装って有島係長を積極的に欺罔した上接見開始に及んだものと認識していたもので、かつ、当時の状況からして、これ以外の事実を把握して認識することはできなかったというべきである。

これを前提とすれば、一審原告の行為は柳検事の接見指定権を侵害し、かつ、信義に反するものであるから、もはや一審原告の接見交通権は保護に値せず、接見中止行為は、柳検事において侵害された接見指定権を回復させる行為として正当であり、違法性は存しない。なお、このような場合、一審原告において更に接見をする必要があるならば、一審原告から協議を申し入れるべきであり、柳検事には協議を申し入れる義務は存しないというべきである。なぜなら、一審原告において接見指定権を侵し信頼関係を破壊させた以上、一審原告の側に状況を本来の姿に回復させる義務が存するものと解するのが公平だからである。

さらに、本件において、客観的事実としては、有島係長が一審原告に対し「会っていかれますか。」と申し出たのを受けて、接見が開始されたものであったとしても、一審原告は、柳検事の接見指定権行使の意思が未定であることを認識しながら、有島係長の誤信に乗じて接見を開始したもので、このような一審原告の行為は、柳検事の接見指定権を殊更無視し、その行使を妨害した著しく不当な行為であり、違法とも評価し得るものである。そして、一審原告は、有島係長が誤解をしていることを知っていながら、その誤解を解こうとしなかったものであるから、接見の中止を求められたとしても、自ら招いた結果として甘受すべきであり、柳検事の接見中止行為は違法ではない。

2  柳検事の有責性について

原判決は、柳検事の認識と客観的事実の食い違いを、有責性の問題として採り上げた上、柳検事が客観的事実を正しく認識しなかったことに過失が認められるとしている。

しかしながら、右食い違いは違法性の判断に不可欠な要素であり、これを有責性固有の問題とすることは正当でない。

さらに、これを有責性の問題であるとしても、本件において柳検事に過失を認めることはできないというべきである。すなわち、柳検事は、担当検察官に対する警察側の窓口である捜査主任官たる野見山警部から報告を受けたのであり、捜査主任官は、その外部に報告する事項の内容の正確性について責任を持つべきであるから、検察官としては、その伝聞を排除するため直接末端の担当者に事実関係を確認する義務はなく、報告内容を信頼して行動することが認められるべきである。

また、有島係長が野見山警部に対し虚偽の報告をしたのは、自己の失策を隠すためだったのであるから、仮に柳検事が有島係長から直接事情聴取を行ったとしても、有島係長が真実の報告をしたとは到底考えられない。したがって、柳検事が有島係長から直接事情聴取を行うことを怠ったことと柳検事が客観的事実を認識しなかったこととの間に因果関係が存するとは到底認められない。

なお、原判決は、「さらに捜査の統一性を図るという観点から接見指定権を担当検察官に委ねている当時の捜査の運用状況から見ても、現に捜査を担当していた司法警察職員から誤った情報を得たことが、その接見指定権の行使を誤らせる一因となったにせよ、このことからただちに権限のある捜査官である担当検察官の行為に過失がなかったと認めることはできない。」と判示しているが、これは、個々の公務員の具体的な過失ではなく、抽象的な過失あるいは捜査体制という組織的な過失を論ずるものであり、検察官の行為と警察官の行為とで国家賠償法上の責任主体が異なる点に鑑みても、正当な解釈とはいい難い。

3  接見中止後の口頭による接見指定の要否について

原判決は、一審原告が現に山田との接見中であり、かつ、一審原告が柳検事から接見指定書の受領及び持参の申し入れに応ずるとはまず考えられない本件においては、柳検事が接見指定を行うに当たっては、口頭による指定を行うべき場合にあたるものと解されると判示している。

しかしながら、接見指定の方法については、捜査機関の合理的裁量に委ねられている上、接見指定書による接見指定の方法は、手続の明確化の観点から合理性を有するものとして是認されている以上、手続上の過誤を可及的に防止すべく、接見指定書による運用に理解・協力を得られるようできる限りの説得をすることは許されてよいはずである。接見を求める者が拒否の態度を明確にしたからといって、直ちに口頭による接見指定をする義務が生じるものと解するのは相当でない。

4  現に接見が行われたことに対する評価について

原判決は、現に一審原告が当初の申し入れに係る二〇分間におおむね見合う時間の接見を実現していたことにつき、特に終期が予定されずに接見が行われている場合には、突然に接見を中止させることは、それまでの接見時間が通常指定される接見時間や弁護人等の当初の申出時間に見合ったものであったにしても、申し入れに係る接見の目的を十全に達していたものとまでは推認することができないと判示している。

しかしながら、本件では、事前に柳検事において接見指定の要件の有無を検討するため一審原告に対し待機を求めていた間に、一審原告が有島係長の過誤に乗じて接見を開始したのであり、かつ、一審原告自身その接見が柳検事の意思に反するものであることを認識していたのであるから、もし、接見を開始したことが柳検事に知れれば接見の中止を求められることもあり得ること、かつ、接見開始の事実が柳検事に知られることはいわば時間の問題であることは、一審原告において十分認識し得る状況にあったというべきである。したがって、本件接見は、終期が予定されていない接見というよりは、短時間のうちに中止を求められる可能性のある接見というべきであり、通常指定される接見時間や弁護人等の当初の申出時間に見合う時間が経過した後も中止を求められることがないという不合理な期待は保護に値しないというべきである。さらに、柳検事は、一審原告が有島係長を積極的に欺罔して接見を開始したものと認識していたのであり、かかる認識を前提とすれば、このような欺罔行為に出た弁護士が長時間の接見継続を期待するなどということは一層不合理で到底保護に値しないといわざるを得ない。

したがって、本件においては、柳検事が接見を中止させた時点で、本件接見の継続を法的に保護すべき事情は全くなかったというべきであって、この点からしても、柳検事の判断を違法とすることはできない。

5  本件接見中止行為は接見時間の指定であるとの評価について

柳検事が接見の中止を指示したのは、柳検事による接見指定がないことを知悉していた一審原告が、被疑者との接見を開始し現在も接見を継続していることを知り、先に午後一時から三時までの間の二〇分間を指定しようと考えていたことから、何らの指定もないまま開始された接見状態をこれに振り当てることとし、接見の中止を求める形で接見時間の指定を行ったと評価すべきであり、当該指定自体適法なものであったといえる。そして、本件では、既に申出に係る接見希望時間におおむね見合う時間接見が行われており、しかも、本件接見が違法ないし不当に開始された事情に鑑みると、柳検事には、接見の終期を指定するに際し、改めて一審原告と協議する義務は存しなかったというべきである。

なお、仮に、柳検事に接見の終期を指定する意思が存しなかったとしても、接見の終期の指定にそのような具体的な意思の存在が必要とされる根拠はないし、仮に右のような具体的な意思の存在が必要であるとしても、本件接見の打切りが接見の終期の指定であれば適法である以上、損害との因果関係は認められないというべきである。

しかるに、原判決は、一審被告国の右主張につき何らの判断を示していない。

6  一審原告の主張に対する反論

一審原告の主張はいずれも争う。

(一) 一審原告は、刑訴法三九条三項は違憲・無効であると主張するが、憲法三四条前段はいかなる場合にも直ちに自由な接見等を保障しているとまでは解することができず、特に、捜査との関係において、被疑者との接見交通権をどのような権利として保障すべきかについては、同条前段による保証の趣旨に基づく合理的な立法政策に委ねられているものと解すべきである。刑訴法三九条三項が、そのただし書を置き、捜査機関が接見指定権を行使するに当たって、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限してはならないと規定していること等に鑑みると、刑訴法三九条三項の規定が憲法三四条前段に違反しないことは明らかである。

また、B規約一四条三項c及びdは、いずれも被告人に関する規定であり、刑訴法三九条三項と直接関係を有するものとは認められず、同項bについても、刑訴法三九条三項はむしろ右規定の趣旨に沿うものというべきであるから、一審原告の刑訴法三九条三項がB規約一四条三項に違反する旨の主張は失当である。また、国連被拘禁者保護原則は、国連加盟国に対しガイドラインを示したものにすぎず、何ら法的義務を課するものではないし、国際事件規約B規約の解釈基準を定めたものと認めることもできない。

さらに、一審原告は、柳検事の接見中止についての原判決の判断を取調優先論であると非難するが、原判決は、接見指定の要件が存する場合、捜査官が弁護人の都合を無視して一方的に接見の日時を指定し得るとするものでなく、弁護人と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採るべきであるとしているのであって、一審原告の右主張は原判決の趣旨を誤解又は曲解するものというべきである。

(二) 一審原告は、事件の送致後は検察官のみが接見指定権を有するとの考えは不当であるとして、柳検事が接見指定の要件の存否を判断するために必要であると一審原告を待機させたことが違法な弁護権の侵害であると主張する。

しかしながら、事件が検察庁に送致された後は、捜査の主宰者である検察官が接見指定権者であると解するべきである。なぜなら、捜査は統一的に実施する必要があり、接見指定の要件の有無の判断は、最終的には捜査の主宰者に委ねざるを得ず、一般捜査員が各自の判断で接見指定を行えば捜査の迅速円滑な進展を阻害するおそれがあるからである。一審原告の右主張は独自の見解というべきである。

三  一審被告柳の主張

一審原告の主張はいずれも争う。

四  一審被告県及び同野見山の主張

一審被告の主張はいずれも争う。

1  児玉巡査部長による接見拒否(遅延)について

児玉巡査部長は、留置管理係長が不在であったため、一審原告から山田との接見の申込みを受け、右係長になりかわり、柳検事に電話して、一審原告の接見が早期に実現できるよう種々の便宜を図ったもので、何らの違法性はない。

なお、事件送致後においても、司法警察員が被疑者と弁護人等の接見に関して指定権を行使し得るか否かについては見解の相違のあるところではあるが、少なくとも、本件において、児玉巡査部長が独自の判断で指定権を行使すべきであるとの一審原告の主張は相当ではない。なぜなら、本件においては、柳検事から熱田署長宛に「接見等に関する指定書(通知)」が送付されてきていたから、児玉巡査部長が独自の判断で接見を認めることは、右指定書を発した柳検事の指定権を侵害することとなる。そもそも、事件送致後において、警察官と検察官がそれぞれ独自に接見指定権を行使すると、捜査の統一性が損なわれ混乱が生じ、ひいては弁護人等の接見交通権を侵害するおそれが生ずる。また、被疑者留置規則二九条二項によれば、警察における接見指定の取扱いは、その重要性に鑑み、捜査の進展具合や今後の予定等を最もよく把握している捜査主任官において行うことと規定されており、山田の取調べの立会いをしていたに過ぎない児玉巡査部長には独自の判断で接見指定することは許されていなかった。

また、児玉巡査部長が「お昼には調べが終わりますから。」と言い、一審原告が「まあ昼でいいですわ。」と応じたことをもって、一審原告は児玉巡査部長から接見指定を受けたと主張するが、児玉巡査部長は接見指定をしたものではなく、一審原告の右主張は事実に反するものである。

2  有島係長による接見中止について

有島係長が、一審原告主張のような虚偽の報告をした事実はあるが、これは、一審原告と柳検事との間で接見指定に関する協議が成立し、柳検事が口頭で接見指定をし、一審原告が接見室が空くのを待っているものと誤信したことによるもので、一審原告としても、有島係長の誤信などの何らかの手違いにより接見が実現することになったことを知っていたはずである。そして、柳検事は、一審原告が接見に関する協議が成立していないにもかかわらず、有島係長の誤信に乗じて接見を実現したことを検察官の接見指定権を妨害するものと判断し、かつ、既に約一五分間接見していることを考慮して、野見山警部に接見の中止を指示したものであるから、有島係長の虚偽の報告が柳検事の接見中止の指示を誘発したものではない。

また、有島係長は、野見山警部を介して、柳検事の接見中止の指示を聞き、これを一審原告に伝えたものであるが、一審原告は、有島係長の本件接見開始の手続が、通常の手続と異なっていたことから、後刻有島係長が本件接見について必ずや上司から叱責されることを認識しながら接見をしていたもので、一審原告はこのような有島係長への同情と柳検事からの連絡を待たず信義に反した接見をしていたという負い目から、任意に接見を中止したものである。

さらに、接見の中止を求める判断基準は、その時点において取調べを開始する等の指定の要件の有無によるものであるが、留置管理業務に従事していた有島係長は、接見指定の要件の有無について判断をなし得ず、かつ、その立場にもなかったから、接見について権限のある柳検事の指示に従って接見の中止を求めることが違法であるかどうかまでは到底判断できず、結局、柳検事の接見中止の指示を一審原告に機械的に伝えたに過ぎない有島係長の行為には、違法性も責任もないというべきである。

3  野見山警部による接見指定書の受領及び持参要求について

刑訴法は、接見指定に関して、その指定の方式や告知の方法につき何ら規定しておらず、捜査機関の合理的裁量に委ねていると解されるところ、柳検事の「今後は必ず具体的指定書を持参するように。」との要求は、一審原告が柳検事の判断を待たず、有島係長の過誤に乗じて信義に反する接見を実施したため、今後の手続上の過誤を防止するために、より慎重な取扱いを要求したもので、著しく合理性を欠き、迅速かつ円滑な接見を妨害するものとは認められず、違憲違法な接見方式を強要したものとはいえない。したがって、柳検事の伝言を単に伝えたに過ぎない野見山警部の行為には、何らの違法性もないというべきである。

第三証拠関係

原審及び当審の各証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  当事者及び事実経過について

当事者及び事実経過についての当裁判所の認定判断は、原判決理由一ないし三と同一であるから、これを引用する。

二  接見交通権の意義及びその制限について

1  刑訴法三九条三項の解釈等についての当裁判所の認定判断は、原判決理由四と同一であるから、これを引用する。

2  一審原告は、刑訴法三九条三項が憲法三四条、三七条三項、三八条一項に違反する旨の主張をする。

しかしながら、既に見たとおり、被疑者等と弁護人等との接見交通権は、憲法三四条前段に由来する権利ではあるが、国家の刑罰権に対しいかなる場合においても常に優先すべきものと解することは相当ではなく、その間をどのように調整するかは、憲法三四条前段において弁護人選任権を保障した趣旨を踏まえた立法政策の問題というべきである。そして、刑訴法三九条三項本文においては、捜査機関側に接見等の指定権を与えたものの、そのただし書において、右指定権の行使が「被疑者が防御の準備をする権利を不当に侵害するようなものであってはならない。」と定めて、接見交通権を明確に保障している以上、同条三項の規定が憲法三四条前段に違反するといえないことは明らかである。

また、憲法三七条三項は刑事被告人についての規定であると解されるから、本件において同条違反を検討する余地はない。

さらに、憲法三八条一項については、同条項が被疑者と弁護人等との接見交通権に直接関連するものではなく、被疑者においては、接見交通権の保障とは別に、自己に不利益な供述の拒否権を有するものであるから、接見交通権の在り方が直ちに同条違反をもたらすものとも解されない。

したがって、一審原告の右主張は失当である。

3  また、一審原告は、刑訴法三九条三項が、B規約一四条三項や各国連決議に違反する旨を主張する。

しかしながら、刑訴法三九条三項は、同条一項とあいまって、そのただし書により捜査機関側の接見指定権に限定を加え、被疑者と弁護人等との接見交通権を保障した趣旨のものであり、さらに、同条項については前記1のように限定的に解釈するのが相当であることからすると、それがB規約一四条三項に違反するものとは認められない。また、一審原告の主張する各国連決議については、それ自体が国連加盟国に対し条約としての効力を有するものではなく、またB規約と一体をなすべきもの又は国際慣習法として条約同様の効力を有するものでもない。

したがって、一審原告の右主張も失当である。

4  さらに、一審原告は、原判決の刑訴法三九条三項についての解釈が不当である旨主張するが、右主張が採用できないことは、前記1で説示したところから明らかである。

三  柳検事及び児玉巡査部長による接見拒否(遅延)について

1  この点についての当裁判所の認定判断は、以下のとおり付加するほか、原判決理由五の記載と同一であるからこれを引用する。

2  一審原告は、事件が送検された後は担当検察官のみが接見指定権を有するとの当時の捜査実務の運用は不当であり、迅速な接見確保という見地から、現に被疑者を取調べている現場の警察官も接見指定権を有すると解すべきであるとして、本件において、柳検事が接見指定の要件の存否を判断するため、一審原告を待機させ、接見の実現を遅延させたことが違法な弁護権の侵害である旨を主張する。

しかしながら、刑訴法三九条三項は、接見指定権者として検察官、検察事務官又は司法警察職員と規定するが、捜査は統一的に実施される必要があり、捜査を迅速かつ円滑に行うためには、捜査全体を統括すべき立場にある者が接見の指定を行うべきであるから、事件が検察庁に送致された後は、捜査の主宰者である検察官のみが接見指定の権限を有し、司法警察職員には独自の接見指定権はないものと解するのが相当である。そして、弁護人等から接見等の申出を受けた者が接見等の指定につき権限のある捜査官でないため、接見指定要件の存否の判断ができないときは、権限のある捜査官に対し、右申出があったことを連絡し、その具体的措置について指示をうける等の手続を採る必要があり、こうした手続を要することにより弁護人等が待機することになり又はそれだけ接見が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲内にとどまる限り、許容されるものと解されることは、既に前記二1で見たとおりである。

したがって、一審原告の右主張は、独自の見解を前提とするもので、採用できないというべきである。

四  柳検事及び有島係長による接見中止について

1  前記一に認定した事実によれば、柳検事は、午後〇時三五分過ぎころ、野見山警部に対して、一審原告と山田との接見の中止を求めるよう指示したこと、右中止に至る経過は次のとおりであったことが認められる。

(一) 当日午後〇時三分過ぎころから一〇分ころまでの間、柳検事は、一審原告と電話で話し合い、一審原告が山田と直ちに接見したいと申し出たのに対し、接見指定の要件等を検討するため、しばらく待ってほしい、折り返し連絡する旨回答したうえ、名古屋地検における接見指定を指定書により行う運用に協力方を求めたところ、一審原告はこれを拒否し、この点の合意はみずに電話での話合いを終えた。

(二) 柳検事は、午後〇時一五分ころ、山田の取調状況や今後の取調予定につき、熱田署の捜査本部に電話で照会した結果から、山田については午後一時から取調べが再開される予定であるから、無制約に一審原告の接見を認めたのでは、午後の取調べの再開に支障を来すおそれがあるとして、接見指定の要件があると判断した。そして、当時の名古屋地検での原則的な運用に則り、接見指定書による指定の方式をとることとし、接見時間については、事務員が指定書を受領持参する時間を考慮して、午後一時から三時までの間の二〇分間と指定することとし、仮に事務員による指定書の受領及び持参の方法が不可能であるならば、口頭指定によることも考えていた。

そして、午後〇時三〇分ころ、熱田署捜査本部に電話し、内村警部補に対し、右のとおり接見指定することとしたいので、その旨及び事務員などに指定書を取りに来させることが不都合というなら、一審原告に直接柳検事に電話するよう伝えてほしいと指示した。

(三) 他方、一審原告は、柳検事との電話を終えた後、熱田署留置管理室で有島係長と話をしながら待機していたところ、午後〇時一五分ころ、接見室が空いたことを知った有島係長が、一審原告に「先生、会っていかれますか。」と尋ねたため、一審原告は、午後〇時二〇分ころから山田との接見を開始した。有島係長が右のとおり一審原告に接見をさせたのは、さきに一審原告が電話で柳検事と接見について協議しているのを耳にしており、児玉巡査部長らからは右協議の結果については何も聞いていなかったものの、一審原告が落ち着いた態度で留置管理室に残っているように見えたので、さきの電話で接見指定に関する協議が成立し、柳検事が口頭で接見指定をし、一審原告が接見室が空くのを待っているものと誤信したためであった。

(四) 内村警部補と児玉巡査部長は、柳検事の意向を一審原告に伝えるため、留置管理室に赴き、柳検事の接見指定のないまま、一審原告が山田と既に接見を開始していることを知り、本件被疑事件の捜査主任官である野見山警部にその旨を報告した。

野見山警部は、午後〇時三五分ころ、柳検事に電話をかける一方、有島係長を自席に呼び、一審原告が接見をするに至った事情の報告を聞きながら、これを柳検事に伝えた。なお、有島係長は、その際、自分の誤解によって生じた事態の重大さに気付き、自分に対する処分を恐れて、初めに自分から一審原告に対して「先生、会っていかれますか。」と声をかけたことは黙っていた。

(五) 柳検事は、野見山警部からの報告を受け、事実関係をさらに詳細に確かめることもなく、右報告のとおりに事態が進行したものと考え、さきに一審原告に対して接見指定等の要件等について検討するのでしばらく待ってほしいと申し入れたにもかかわらず、一審原告がこれを無視した上、「接見します。」と言って留置担当者の誤信を誘い、それに乗じて接見を開始したものと判断し、このような一審原告の行為は、検察官の接見指定権を妨害する不当な行為であることに加え、一審原告と山田の接見が開始されてから、既に柳検事において接見指定をしようとした接見時間に概ね見合う時間を経過していたので、中止を求めても実質的にも問題はないと判断して、野見山警部に対し、「既に接見させてしまった以上、そのことはやむを得ないが、既に一五分以上を経過しているので、終わってもらうように。」と接見の中止を求めるよう指示した。

(六) これを受けて、野見山警部は有島係長に対し一審原告に接見を中止してもらうよう指示し、これに従い、有島係長は午後〇時三五分過ぎころ、接見室で山田と接見中であった一審原告に対し、接見を直ちに中止するよう求めた。そこで、一審原告は、山田に事情を簡単に説明して接見室を出たが、その際、有島係長のあまりに憔悴した様子に「上司に怒られたのか。」と声をかけたものの、接見の中止につき抗議したり、接見の継続を求めたりすることはなかった。

一審原告は、接見室を出て、そのまま内村警部補と児玉巡査部長に熱田署刑事課の部屋に案内され、応接ソファーに座り、相対して座った野見山警部から、今後は接見指定書を持参してほしいとの柳検事からの伝言を伝えられたが、接見の中止につき抗議したり、接見の継続を求めたりすることもないまま、熱田署を出た。

2  以上の事実に基づいて検討するに、柳検事が野見山警部に対して、一審原告と山田との接見の中止を求めるように指示した午後〇時三五分過ぎの時点においては、午後一時から山田に対する取調べが再開される予定となっていたというのであるから、間近い午後一時から確実に予定されている山田の取調べの開始が妨げられるおそれがあると判断することができるので、接見指定の要件は存在したと解される。(ただし、山田の取調べに当たっていた熱田署の捜査本部も、午後から取調予定があるとはいえ、接見自体は差し支えないとの意向を表明しており、柳検事としても、接見指定書の受領及び持参の時間を考慮して、午後一時以降の時間の接見指定をしようと判断したにすぎず、一審原告が指定書による接見指定に応じなければ口頭指定も考慮していたもので、その場合には、午後一時までの間に接見をさせることには格別の支障はなく、直ちに接見させる意向であったものである。そして、前記のような経緯によるとはいえ、一審原告が現に山田との接見中であり、かつ、一審原告が柳検事から接見指定書の受領及び持参の申し入れに応ずるとはまず考えられない本件においては、即時ないしそれに近い接見を認める場合には、接見指定書による接見指定の方法は著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通を害するというべきであり、柳検事が接見指定を行うにあたっては、口頭による指定を行うべき場合にあたるものと解される。)

しかるに、本件においては、捜査機関側の誤信に起因するとはいえ、柳検事による接見指定のなされないまま、一審原告と山田との接見が既に開始されていたところ、これをそのまま放置するとすれば、間近い午後一時から確実に予定されている山田の取調べの開始が妨げられるおそれが現実のものとなりかねないものであるから、このような場合には、接見指定権を有する柳検事としては、現在行われている接見を一旦中断させ、一審原告と協議をした上、その接見指定権を行使することができるというべきである。なお、その場合でも、柳検事は、一審原告に対し、接見継続の要否、終了見込み等について確認し、その目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができるよう配慮すべきであるし、既に行われた接見が右合理的な範囲内の時間に満たない場合には、終了時刻を午後からの取調開始前の時刻と指定するか、あるいは午後の取調終了後の時間を改めて接見時間として指定するなどの方法により接見時間の指定を行うなどして、適切に接見指定権を行使すべき義務があるというべきである。

したがって、柳検事が野見山警部に対して、一審原告と山田との接見の中止を求めるように指示した行為は、現に行われている接見を中断させたものとしては、何ら違法とはいえないものである。

3  ところで、柳検事が、一審原告と山田との接見の中止を求めるよう指示したのみで、その後に一審原告と改めて接見に関する協議をしたこともなく、一審原告に対し改めて接見指定をしたこともないことは前記のとおりである。

しかしながら、他方、柳検事が野見山警部に対して、一審原告と山田との接見の中止を求めるように指示した午後〇時三五分過ぎの時点においては、午後〇時二〇分ころから開始した一審原告と山田との接見は、既に一五分以上を経過していたものであるところ、一審原告は、当初児玉巡査部長に対し二〇分間の即時の接見を申し出ていたものであり、また、柳検事も、接見時間としては二〇分間を指定することとしていたものであるから、本件においては、通常指定される接見時間や弁護人等の当初の申出時間に概ね見合う時間の接見が既に実現されていたといえる。柳検事においても、一審原告が接見を開始した行為は検察官の接見指定権を妨害する不当な行為であると判断したことに加え、既に接見指定しようとしていた接見時間に概ね見合う時間を経過していたため、中止を求めても実質的にも問題はないと判断して、接見の中止を求めるよう指示したものである。

そのうえ、前記の事実経過からすれば、一審原告は、山田と接見を開始することができたのは有島係長の誤信その他の過誤によるものであることを知り又は容易に知り得たと推認できるから、接見指定時間を初めとする具体的な接見指定の有無等を確認することなく、直ちに接見に臨んだ一審原告の行動には相当性に欠けるところがあるとの謗りは免れないところであるし、そのことが柳検事において一審原告が信義に反する行為をしたとして接見の中止を指示する原因となったことも否定できないところ、一審原告においても、接見を開始した際、柳検事が間もなく一審原告の接見開始の事実を知るであろうこと、その場合には接見の中止を求めるなどの措置を採るであろうことは容易に予測し得たというべきである。したがって、本件について、特に終期が予定されず行われていた接見を突然に中止させた場合と同視することは相当でない。

現に、一審原告も、有島係長から接見の中止を求められて以降、接見室を出て熱田署刑事課の部屋の応接ソファーに座り、野見山警部と応対し、熱田署を出るまでの間、接見を中止されたことに対して抗議したり、改めて接見の申し入れをしたことはなかったものである。

以上によれば、一審原告は、接見の中止を求められた時点で、山田と一五分以上の接見を実現しており、これにより申し入れにかかる接見の目的を達していたものと推認できるというべきであって、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうである以上、柳検事が一審原告と山田との接見を中止させたのみで、その後に一審原告と改めて接見に関する協議をせず、一審原告に対し改めて接見指定をしなかった措置により、一審原告の弁護権が侵害されたということはできず、柳検事の右措置を違法なものであるということもできない。

4  なお、一審原告は、本件接見は、当時の違法な捜査実務に基づけば、短時間の内に中止を求められる可能性のある接見であるというにすぎず、一審原告の接見行為自体は何ら違法なものではないから、その継続は法的に保護されるべきである旨主張するが、当時の捜査実務が違法であるといえないことは既に見たとおりであるから、右主張は採用できない。

5  よって、柳検事及び有島係長が、一審原告と山田との接見を中止させた措置が違法であることを前提とする一審原告の請求部分は、その他の点について判断するまでもなく理由がない。

五  柳検事及び野見山警部による接見指定書の受領及び持参要求行為について

この点についての当裁判所の認定判断は、原判決理由八の記載と同一であるからこれを引用する。なお、一審原告は、この点についての原判決の認定判断を非難するが、右主張が採用できないことは、右説示から明らかである。

六  以上によれば、一審原告の請求はいずれも理由がなく棄却すべきである。

よって、一審原告の控訴は理由がないからこれを棄却し、一審被告国の控訴は理由があるから、原判決中、一審被告国の敗訴部分を取り消し、一審原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺剛男 菅英昇 筏津順子)

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